TOMOMI KATO

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わたしという照準

こんばんは、かとうともみです。

皆様いかがお過ごしでしょうか。

窮屈な時代ながらもちいさな幸福を見つけられるちからを身につけ、可能性に精神を拓いていたいと思います。


ところで音楽を演奏するとき、または創作するとき、ゴーサインやこれでよし!という評価軸は一体どこにあるのでしょうか。


自分自身の結論から申し上げますと私は自分の中にしかないと考えています。

それは人の意見やアドバイスに全く耳を貸さないのとは違うと思います。しかし人は大意のあるものないもの、良心的なもの悪意のあるもの、気分的なもの、一般論に基づくもの、どんな意見であれどその人の感性に基づくものだと思っておりまして、その感性は10人いたら10通りあると思っています。


コンサートホールに50人お客様がいたら50通りの感性がそこにあるのだと思います。

その中の誰かに照準を合わせるのもひとつの手ですが、私は自分に照準を合わせます。

50通りの感性が似通ったものでなければ、当然よしあしはそれぞれ出てきます。

誰かに好かれるということはそれより多くの数の誰かにきらわれることです。

たとえ50通りの感性にきらわれても、決定的な要素でなければ私はやり方を変えません。


誰か一人でも応援し、勇気づけてくださる間は私はやめません。

そして一番恐ろしく一番心強いのは自分です。

自分自身がスペシャルな存在であり、親友であり同志であり理解者であります。

またお客様であり先生でもあります。


どこをどうやっても自分の声帯まで盗られることはそうそうありません。

紙とペンがあれば作曲もできます。

私はピアノでも歌でも自分に歌い自分を確かめます。

自分以外のお客様がいなければ、自分に歌います。

そこに私が音楽を続ける理由があります。

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