TOMOMI KATO

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赤信号と一緒やねん。

こんばんは。台風が近づいています。

今日は一日雨降りでしたが、大切な親友とそのお父様にお会いしてお話をしてきました。

モーニングカフェからランチまでの短い間でしたが、実り多き時間を共有させていただきました。彼女と会うといつもよいものをいただけるので、切磋琢磨しながら長くともに成長できるとよいなと思います。


話題は音楽の話、家族の話、世界の現状・これからの話、会話中にっこりして笑顔でお話しするお父様、そして真剣に自分の言葉に感情を乗せて話す親友の姿が感慨深くうれしかった。うまく話すことや上手く演奏しようとすることより「自分の感情・情熱」をひょいと乗せて話したり演奏したりした方がきっといいんだろうなと。聴いている方も納得して、ふに落ちるであろうなと。


精神の病についても話しました、思うに幸か不幸か医者が見つけて(あるいは自分で作り上げたものをあたかも見つけたようにして)病は作られていくと思います。

医者に行かなきゃ病名がつかないから病気でないのか?じゃあ予備軍がたくさんいるってことか?いやいやいかなる身体的特徴も精神的特徴も大幅に人に危害を加えるものでなければ

それはそれとしてはダメなのか、薬を飲んでいたら病気確定か、そもそも病気って何よ、といった具合に夜も眠れないくらい悩んだこともあります。


以下、私の勝手な持論です。お嫌な思いをされる方がいらっしゃったらごめんなさい。最初に謝ります。


現時点で私は薬を服用していますが、精神を病んでいるとは思いません(あえて精神病という言葉ではなく、「精神を病んでいる」と形容します)。医師からみて精神を病んでいるとおぼしき人間もたくさん健康な部分を持ち合わせているでしょう。昔は身体的な病気と精神的な病気は別物、身体的病はみてわかりやすいから理解されやすいのだから妬ましいとまで思いました。


他人に理解されない病気の正体は3割くらい亡霊(事実と少し違うもの)で、3割くらい妄想(かたくなに病気であることに固執した自分の妄想)が作り出したものでは?と今はなんとなく思います。

そして残りの4割だって心身トータルの領域から見たらなんと小さな欠陥でしょう。

生き方次第で改善されるといっても過言ではありません。


あまり強い物言いは避けたいですが、生きている人で全くの健康体などほとんどいないのではと思います。人と人が出会うように、病気が病気を呼ぶのかもしれません。病気に侵食されるのは私はもう嫌です。

医学的根拠は別として、自分のマインドとして「私は健康だ!私は健康になりたいぞ!」と心に誓うことは大切だと思います。だめだと思ったらだめ。良いと思えばいい。実は至極シンプルだと。


ふと気を抜いて赤信号を渡ったところを警察に捕まる。

ふと気を抜いて力なく生きていたところを医者に発見される。


うん。ちょっと無理がありますが私自身はこのように考えて怒りがだいぶおさまりました。

そういう私の過去ありきのマインドでこれからも音楽を続けたい。

勲章ではないですが隠すものでもないなあとふと思ったのです。


そう、そして昔話を思い出しました、一人暮らしをしたころ。ある晩、ワインバーに寄ったのです。隣の席のお客様が精神科の先生でいらっしゃいました。お酒のついで?に「精神を病む」について話したのですが。


彼は笑って聞いていました。その微笑みにいろんなものを感じました。

救われました。


その方はいまどうしてるのか全く知りませんが。

でも、ありがとう。





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